「手紙は憶えている」のあらすじ
90歳になろうとしている老年男性ゼブは介護施設に入所していた。認知症であるために最愛の妻ルースが一週間前に亡くなったすら覚えていられない程に、もの忘れもひどくなった。
ある日、同じく施設に入所しているマックスから、「ルース亡きあと誓ったことを覚えているか?」と聞かれる。ゼブは何も憶えていなかったが、「君が忘れても大丈夫なように全てを手紙に書いた。」「その約束を果たしてほしい」とマックスから一通の手紙を渡される。手紙には残りの人生でやらなくてはならないことが書かれていた。
そこには、2人はともに70年前の戦争時、アウシュビッツに収容されていたユダヤ人の数少ない生存者で、ナチスに大切な家族を処刑されたことが書かれていた。さらには、アウシュビッツで家族を処刑したのはブロック長オットー・ヴァリッシュで、その男は身分を偽りユダヤ人ルディ・コランダーになりすまして、今も生きていることや、そのオットー・ヴァリッシュと思われる4名の情報についても書かれていた。
体が不自由で車イスのマックスに代わり、セブは一人で復讐を遂げることを決意し、妻ルースの葬儀のあと、手紙とかすかな記憶だけを頼りに、ルディ・コランダーことオットー・ヴァリッシュ探しを始める。
ゼブは誰にも見つからないようこっそり老人ホームを抜け出し、手紙と一緒に入っていたお金を使い電車に乗った。ゼブは途中では拳銃を買ってセカンドバックに隠し持ち、バスを乗り継いて1人目のルディ・コランダーに会う。
1人目のルディ・コランダーは家族と暮らしている足の悪い男で、訪ねたときは部屋でテレビを見ていた。ゼブは彼に拳銃を向けるが、男は身じろぎひとつせず、自分がナチス兵であることを認めた。
しかしナチス親衛隊ではなく、アウシュビッツのことも知らなかったという。戦争中は国の為だと政策を信じ、北アフリカでロンメル大佐と共に戦っていた、と証拠となる写真や勲章を差し出す。
それらの証拠からゼブは彼は探している男ではないと納得し、ホテルに戻り、施設で待つマックスに連絡し、次のルディ・コランダーに会うことにする。
しかし、セブは眠るたびに記憶がなくなるので、目を覚ますと妻ルースを探してしまうが、手紙を読むことで、でルースが亡くなったこと、そして復讐するためにここにいる、ということを理解する。
2人目のルディ・コランダーの居場所はカナダであったため、ゼブはなんとか国境を抜け、男が入所している施設へと向かった。施設に着いて、男の部屋に行くと点滴につながれ、ベッドに寝たきりのようだった。
ゼブは拳銃を向け、アウシュビッツにいたかと問うと、男は収容所の番号が彫られた自身の腕を見せ、同性愛者を理由に収容所に入れられていたと答えた。ゼブは彼が自分と同じ囚人だったことを理解し泣きながら許しを請い、男を抱きしめた。
そして、3人目のルディ・コランダーに会いに行く。タクシーに乗り男の家を訪ねるが、そこには誰もおらず、しばらく外で待っていると警察官が現れる。その警察官はルディ・コランダーの息子だと名乗り、父親は3カ月前に死んだという。
ゼブは父親の古い友人だとを伝えると、息子はお酒を飲みながら、快く父親のルディについて語り始める。息子はヒトラーのことを崇拝していた父親のことを尊敬し、父親の遺品であるナチスグッズを次々に見せ自慢する。ゼブは息子に、父親はアウシュビッツにいたのかと問うと、父は当時まだ10歳で、軍のコックをしていただけだったと答えた。
またも人違いだったため、ゼブは息子に謝り、自宅を後にしようとするが、そのとき息子がゼヴの腕に書かれたユダヤ人の囚人番号を見て、態度を一変させる。薄汚いユダヤ人がなぜ父に会いに来たのかと激高し、飼っている犬にゼブを襲わせた。
命の危険を感じたゼブは、拳銃を取り出して犬を撃ち、さらに怒り狂う息子をも撃ち殺してしまう。人違いであったにも関わらずその息子の命を奪ってしまったことで、ゼブは罪悪感にさいなまれ精神的に参ってしまった。
電話でマックスに人違いで罪のない人を撃ってしまったことを報告する。マックスは「続けるか?」と聞くが、ゼブは「辞めるつもりはない」と答え、最後のルディ・コランダーのもとへと向かう。
最後のルディ・コランダーのもとへ向かう途中、ゼブは横断歩道で転んでしまい、近くの病院に運ばれた。そして施設を抜け出して以来、父親のことを探していた息子チャールズのもとに警察から連絡が入り、チャールズは急いで病院へゼブを迎えに向かう。
病院に運ばれたゼブがベッドでアニメをみていると幼い少女が話しかけてきた。それまでの記憶を失っていたゼブだったが、少女にマックスの手紙を読んでもらい、自分が何をしていたのか思い出した。ゼブは病院を抜け出し、最後のルディ・コランダーに会いに行く。最後のルディ・コランダーは湖の近くで家族とともに住んでいた。
一方、病院に到着したチャールズは父が病院から抜け出したことを知り、父親の後を追った。
ゼブが最後のルディ・コランダーの自宅を訪ねると、娘と孫の女の子が出迎えてくれた。自宅にあがりこんだゼブは、ルディ・コランダーが起きてくるのを待つ間、そこにあったピアノを弾きだした。すると2階から男が降りてきて、ゼヴが弾いていた曲を「ワーグナーか」と言い当てる。男はゼヴのことを覚えていた。
ゼブもドイツ語を交えながら喋る彼の声と顔を見た瞬間に、探していた男ルディ・コランダーを名乗るオットー・ヴァリッシュだと理解した。男は「いつか君がくると思っていた」と言い、2人だけで話をするため庭に出た。
ゼブは男に、「アウシュビッツで私の家族を処刑しただろう」と問い詰める。すると男は戸惑いながら「何を言っている?」と答えた。ゼブはバックから拳銃を取り出し、「真実を語れ!」と叫ぶ。
その時、ゼブの居場所を突き止めた息子チャールズが駆けつけ、男の娘、孫とともに庭に行き、男に銃を突きつける父親の姿に驚く。
ゼヴは口を割らない男に苛つき、家族に真実を話すように言い、男の孫の少女に銃口を向ける。観念した男は顔を伏せながらも真実を語りだした。
自分は当時ユダヤ人の囚人ではなく、ナチスに所属し、アウシュビッツのブロック長として、数え切れないほど多くのユダヤ人を殺したことを告白した。男の娘と孫は、突然の告白に戸惑い、ショック受ける。
男が自分の名は「クイーンベルト・ストーム」だと名乗ったので、ゼブは「お前はオットー・ヴァリッシュだろ」というと「オットーはお前だ」と言われる。
そして2人はアウシュビッツのブロック長で、戦争が終わると生き延びるために腕に囚人番号を刻んでユダヤ人になりすました、と明かした。
ずっと探していたオットー・ヴァリッシュとは自分の事だったことを思い出したゼヴは、絶望し男を撃ち殺し、そして自分の頭に銃口を向け、引き金を引いた。
介護施設のテレビでは、一連のニュースが報道されていた。施設の老人たちは、ゼブに同情していたが、マックスは「彼は過去に自分のやったこと理解しただけ。ゼブが殺した男はクインベルト、そしてゼブの本名はオットー・ヴァリッシュ。二人はアウシュビッツで私の家族を処刑した」と言った。
マックスは復讐のため、認知症になったゼブに近づき、偽の情報をあたえていたのだった。
認知症の老人が主人公の映画
「手紙は憶えている」は、2015年9月ベネチア国際映画祭で公開されたホロコーストが題材のカナダ、ドイツ映画です。 日本では2016年10月に公開されています。原題は「Remember」(リメンバー)です。
脚本をつとめたベンジャミン・オーガストが、近年、年配の俳優の作品が少ないと感じ、高齢者中心の脚本をカナダのプロデューサー、ロバート・ラントスに送ったそうです。ベンジャミン・オーガストは1979年ニュージャージー州リビングストン生まれのユダヤ人です。
監督はカナダの映画監督、脚本家、映画プロデューサーで俳優でもあるアトム・エゴヤン監督です。アトム・エゴヤン監督は、1997年「スウィート ヒアアフター」で第50回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しています。
認知症の老人ゼブ役はカナダ出身の俳優、クリストファー・プラマーです。1973年にブロードウェイの舞台「シラノ」で主役を演じトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞、2011年の「人生はビギナーズ」で第84回アカデミー賞助演男優賞を受賞しています。ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ大佐役や、「終着駅 トルストイ最後の旅」のトルストイ役も有名です。ピアニストになるために勉強していたこともあるため、この映画でも見事なピアノ演奏を披露しています。
復讐劇のキーパーソン、マックス役はアメリカの俳優、マーティン・ランドーです。テレビドラマ「スパイ大作戦」シリーズのローラン・ハンド役で知られ、1994年「エド・ウッド」でアカデミー助演男優賞を受賞しています。残念ながら2017年7月に亡くなっています。
劇中に「ピアノの先生は、モシュコフスキー、メンデルスゾーン、マイアベールが三大作曲家だと言った」というセリフがありますが、モシュコフスキーはポーランド出身のユダヤ系ピアニスト、メンデルスゾーンもユダヤ人の家系で言われなき迫害を受けることが多かったそうです。
終盤にはワーグナーを弾くゼブに4人目のルディ・コランダーが「アウシュヴィッツの生存者がワーグナーは好まない」と言う場面もありますが、ワーグナーは反ユダヤ主義的傾向がありナチスのプロパガンダに利用されていたという背景によるものです。
戦後70年以上が経ってからの復讐の物語
この映画は、設定こそ90歳の認知症の老人が主役なことで、どんな話になるのか興味がわきますが、よくある復讐劇からはじまるのでそこまで期待はしていませんでしが。それでもテンポがいいからか、主役のゼブを演じるクリストファー・プラマーの演技が凄いのか飽きずに観れました。復讐が終わったあとのゼブとマックスの感動物語なのかな、くらいに思っていたので仕掛けには最後まで気づきませんでした。
その割には、その仕掛けが判明したとき、ああなるほど、というぐらいで、衝撃を受けるほどではありませんでした。認知症の症状を利用して復讐劇、というなかなか嫌らしい方法ではありますが、それだけ傷は深く、どれだけ時がたとうと、やったことは消えないし、された方は忘れないということですね。
ゼブの旅の途中で出会う人たちは、まさかこんなヨボヨボの老人が、何かをしでかすこともないだろうと決めつけ、期限切れのパスポートでカナダに入国できたり、拳銃を持っていることが警察官にバレてしまったときも、見逃せてもらえたり、というところまでは痛快で、だからこそラストが想像つかなかったです。てっきり、老人だってやるときはやるんだ、的な話だと私も決めつけていたので。
ゼブに思い入れがあれば、とてもつらい結末ではありますが、ナチスのしたことや、自らをゼヴ(狼)と名付けた当時のゼブの振る舞いを想像できたりするので致し方ない結末でもあり、マックスの立場で考えれば復讐を成し遂げ正直スッキリする映画です。
ただ、ナチス同様、日本もそして争いの続く他の国でも戦争中直接的、間接的にたくさんの人を苦しめているので、そこまで考えるならば、非常に心苦しい映画でもあり、きっとこの先も叶うことはないのだろう平和な世界を考えると虚しく思いました。